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釧路地方裁判所 平成元年(ワ)105号 判決 1993年5月25日

主文

一  被告らは各自原告甲野花子に対し金五万円及びこれに対する平成元年六月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは各自原告甲野春子に対し金五万円及びこれに対する平成元年六月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告らは各自原告戊田太郎に対し金五万円及びこれに対する平成元年六月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  原告らの被告らに対するその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用は、各原告に生じた費用の三分の一を被告らの負担とし、その余の各自に生じた費用を各自の負担とする。

六  この判決の第一項ないし第三項は仮に執行することができる。

理由

一  当事者について

1  《証拠略》によれば、請求原因1(一)の事実(原告らの地位)が認められる(原告らと被告組合及び同乙山との間では争いがない。)。

2  《証拠略》によれば、請求原因1(二)の事実(被告組合の業務内容)が認められる(北専信用の設立理由及び被告組合との関係を除く点は、原告らと被告組合及び同乙山との間では争いがない。)。

3  請求原因1(三)(被告乙山の地位)及び(四)(丙川の地位)の事実は、当事者間に争いがない。

二  本件公正証書の作成等について

1  請求原因2の事実(本件公正証書の作成)は、当事者間に争いがない。

2  《証拠略》によれば、請求原因3の事実(保険金差押え)が認められる(原告らと被告組合及び同乙山との間では争いがない。)。

3  《証拠略》によれば、請求原因4の事実(原債務の内容)が認められる(原告らと被告組合及び同乙山との間では争いがない。)。

三  本件公正証書の作成経過及び取立てについて

1  次の事実が認められる。

(一)  前記のとおり、原告花子は、昭和五五、六年ころから被告組合の日専連カードを利用していたが、昭和五九年以後の買物分及び貸金分の利用状況は、別表一、二記載のとおりであつた。

なお、日専連カード利用による買物関係債務は、立替金債務である。

(原告らと被告組合及び同乙山との間では争いがない。)

(二)  原告花子は、自分の日専連カードが利用限度額に達してしまつたため、娘である原告春子に同人の日専連カードを貸してほしいと依頼し、原告春子の承諾の下に別表三のとおり貸金(キャッシング)サービスを受けていた。

なお、別表四の買物分は、原告春子が利用したものである。

(三)  原告花子は、昭和六〇年春ころから被告組合に対する支払を遅れるようになつていたが、昭和六〇年一〇月二三日ころ、被告組合担当者との間で、今後の支払方法について話し合い、<1>被告組合の計算に基づく債務額が、原告春子名義分を含め一八〇万円であること、<2>毎月の支払額を五万円とすること、<3>連帯保証人として、原告花子の娘である原告春子と原告花子の妹の夫である原告戊田を立てること、及び、<4>公正証書を作成することを合意し、原告花子が、金額等が既に記載された本件委任状(乙イ第一号証の一)及び確認書(乙ロ第三号証)の各債務者欄に自己名義で署名捺印し、さらに、二名の連帯保証人欄に原告春子及び同戊田名義の署名及び捺印をした。

なお、原告花子は、被告組合担当者は、原告花子に対しても公正証書を作成することやその法的意味を説明しなかつた旨主張するけれども、原告花子本人尋問の結果自体に照らし、採用できない。

(四)  原告花子は、昭和六〇年一〇月当時、北見市常盤町の原告春子のアパートで原告春子と同居していたが、原告春子に対し、被告組合に対する債務を分割払いにしてもらうに当たり連帯保証人になつてほしいと依頼し、原告春子の承諾を得て実印とその印鑑登録証明書(乙イ第一号証の三)を受け取り、被告組合事務所に持参したものである。

右認定に反するかにみえる原告春子本人尋問の結果の一部は、母である原告花子に実印を貸したことがあるとの原告春子の供述及び原告春子が北見を離れていた時期がいま一つ明確でないことに照らし、採用できない。

しかしながら、原告春子が単なる連帯保証でなく、公正証書を作成することまで承諾していたことを認めるに足りる証拠はない。

(五)  原告花子は、昭和六〇年一〇月ころ、原告戊田に対し、被告組合に対する債務につき連帯保証人になつてほしいと依頼し、同原告の承諾を得て実印を預り、被告組合事務所に持参したものである。

原告戊田の印鑑登録証明書(乙イ第一号証の四)は、同年一一月二〇日ころ、原告花子が原告戊田の妻である松子から印鑑登録票等を預り、町役場から交付を受けたものである。

しかしながら、原告戊田が単なる連帯保証でなく、公正証書を作成することまで承諾していたことを認めるに足りる証拠はない。

(六)  本件公正証書に表示された準消費貸借の原債務の内容は、前記二3に認定のとおりである。

これによれば、被告組合は、

(1) 原告花子及び同春子名義の日専連カード利用による貸金分については、アドオン方式により実質年率四五パーセント程度にも及ぶ利息を加えておりながら、利息制限法違反部分の元本充当計算を行わずに、残額全部を準消費貸借契約における元本とし(被告組合及び同乙山は明らかに争わない。)、被告組合の計算によつても(被告組合及び同乙山の請求原因に対する認否及び主張5(四))、原告花子名義分において一三万円以上の、原告春子名義分において一九万円以上の超過部分につき違法があり、

(2) 昭和五九年一二月一日以前に行われた原告春子の買物分(別表四)についてはもちろん、昭和五九年一二月一日以後に行われた原告花子の買物分(別表二)についても、手数料相当分を含んだ当時における残額全部を準消費貸借契約における元本とし、

(3) それらに、分割支払を認めることによるアドオン方式による利息の趣旨と思われる三三万二四七〇円を加算し、

(4) さらに、右全額につき利息年一五パーセント及び期限の利益を失つた場合の遅延損害金を年三〇パーセントとする

本件公正証書の作成嘱託をしたものである。

(七)  原告花子は、昭和六一年四月ころから月々の支払を二、三万円と更に減額してもらい辛うじて月々の支払を続けてきたが、昭和六二年五月に交通事故に遭い、同年七月末に入院したため、被告組合に対する月々の支払を滞るようになつた。

そのため、被告組合担当者丁川冬夫と戊原は、同年九月ころから三回くらい原告花子を入院先に訪ね、遅滞分の支払を催促した。原告花子は、六人部屋に入院していたため、洗たく室で話をしたりし、保険金が支給されたら支払うと約束したが、療養のためいろいろな費用を必要としたため保険金が支給された際も被告組合に対する支払をしなかつた。

そこで、丁川らは、原告花子にだまされたと思い、同年一〇月中旬ころ、司法書士に依頼し、本件公正証書に基づく保険金差押えの申立てを行つたものである。

(八)  本件公正証書の作成嘱託につき債権者代理人となつている丁原は、被告乙山の下で事務長として働いている従業員である。

(被告組合及び同乙山は明らかに争わない。)

2  以上に認定の事実によれば、

(一)  原告花子が本件公正証書の作成嘱託を委任したことは認められるが、原告春子及び同戊田が本件公正証書の作成嘱託を委任したことを認めるに足りる証拠はないから、本件公正証書は、原告春子及び同戊田に関する部分につき無効であるといわなければならない。

(二)  双方代理の点については、原告花子が本件委任状(乙イ第一号証の一)に署名捺印した当時既に金額等の記載がなされており、代理人が新たに合意内容を折衝したものではないから、双方代理が許容される例外の場合に当たり、原告春子及び同戊田の関係では、端的に無権代理により無効と解すれば足りる。

(三)  請求権の同一性の点については、日専連カード利用による買物分は、本来立替金債務であり、これを「債権者の加盟店から買受けた衣類等の買掛代金」と表示することの当否については、多大の疑問が存するといわなければならないが、右の表示は被告組合が販売したと表示しているものではなく、辛うじて被告組合による立替金債権か又は譲受債権を表わしていると解することが可能であるから、請求権の同一性を欠くとまで解することはできない。

(四)  利息制限法に違反している点は、前記1に認定したとおりである。

(五)  割賦販売法に関しては、少なくとも昭和五九年一二月一日以降に行われた原告花子名義の日専連カード利用による買物分は、遅延損害金が年六パーセントに制限される(割賦販売法三〇条の三)。そして、この理は、立替金債務を原債務として準消費貸借契約が結ばれた場合にも同様に当てはまるものと解すべきである。

したがつて、少なくとも利息年一五パーセント及び遅延損害金年三〇パーセントとの約定は割賦販売法三〇条の三の規制に違反するものといわなければならない。

四  被告組合の過失の有無について

1  前記三1に認定の事実によれば、被告組合担当者は、原告春子及び同戊田に直接会つて本件委任状の署名を求めたり、原告春子らの自筆の署名を得るよう原告花子に明確に指示した等の事情もうかがわれないので、被告組合担当者の取扱いに不適切な点があつたことは否めない。しかし、原告花子が、原告春子及び同戊田に対し被告組合に対する債務の連帯保証人になつてくれるよう依頼し、原告春子及び同戊田もこれを承諾し、それぞれ実印等を原告花子に渡しているのであつて、これらの事情も併せ考えれば、被告組合担当者が原告春子及び同戊田の有効な代理人選任依頼契約がなかつたことを知らなかつたことにつき過失があつたとまで解することはできない。

2  また、被告組合担当者による原告花子への病院での督促行為は、原告が六人部屋に入院し、療養に努めていることにかんがみると、決して望ましいことではないといわなければならない。しかし、原告花子が入院中であるためその住居で会えないのであるから病院に訪ねること自体が許されないとまで解し得ないし、原告花子が入院中であることを利用して取立てをしようとか、大声を出して支払を催促した等の事情がうかがえない以上、被告組合担当者の取立行為自体をとらえて違法であるとまでは解し得ない。

3  しかしながら、被告組合が割賦購入あつせん業務を営み、それに付随して貸金業務を営む業者であることからすると、被告組合がいわばシステムとして利息制限法違反及び割賦販売法違反の内容の本件公正証書の作成嘱託をし、それに基づき強制執行を行つたことには、今瞭美弁護士の通告(請求原因6(二)(2))を待つまでもなく、少なくとも重大な過失があつたと言わざるを得ない。

よつて、被告組合は、右の過失によつて原告らに生じた損害を賠償する義務がある。

五  被告乙山の過失の有無について

1  前記三1に認定の事実に加え、次の事実が認められる。

(一)  被告組合担当者は、昭和六〇年一二月三日前ころ、必要書類がそろつたので、本件委任状(乙イ第一号証の一)と原告花子、同春子及び同戊田の印鑑登録証明書(乙イ第一号証の二ないし四)を被告乙山の事務所に持参し、公正証書の作成嘱託を依頼した。

(二)  被告乙山が受領した段階では、本件委任状の書込み部分はすべて記入され、原告花子、同春子及び同戊田の各住所、職業及び署名欄の記入及び捺印もすべてなされていたが、原告花子、同春子及び同戊田の住所、氏名欄の記載は、同一人の筆跡によるものではないかと疑うに足りるものであつた。

(三)  被告乙山は、本件委任状及び印鑑登録証明書を検討し、問題がないものと考え、丙川に対し、本件公正証書の作成を嘱託した。

(四)  被告乙山は、昭和四七、八年ころから、被告組合を債権者とする公正証書の作成嘱託を依頼されていたが、被告組合が割賦購入あつせん業務及びそれに付随して貸金業務を行つている業者であること並びに本件のような公正証書は、顧客が月々の支払を遅滞した場合に作成されるものであることを知つていた。

また、被告乙山は、一時期、被告組合を債権者とする支払命令申立書の作成を依頼されていたが、その際には、利息制限法超過部分の元本充当計算をした支払命令申立書を作成していた。

(五)  被告組合は、昭和六〇年ころ、専門店会同士の知識の交換により、従来の債務承認弁済契約に代えて準消費貸借契約を内容とする公正証書を作成することを計画し、被告乙山に対し、委任状の定型用紙の内容を公証人とも相談して検討してほしいと依頼した。被告乙山は、本件委任状の内容に近いものを素案として丙川に示したところ、丙川の意見で一部修正が加えられた。

被告組合は、それ以後、「債権者の加盟店から買受けた衣類等の買掛代金」を内容とする委任状用紙(本件委任状と同じもの)を使用している。

(六)  被告乙山は、平均して月二〇件程度の被告組合を債権者とする公正証書の作成嘱託を行つてきたが、貸金分が公正証書の作成嘱託上どのように扱われているのかを被告組合に確認したことはなかつたし、「買掛代金」との表示が貸金を含む趣旨に訂正された委任状での公正証書の作成嘱託を依頼されたこともなかつた。

2  執行認諾条項のある公正証書(執行証書)は債務名義としての効力を有し、直ちに強制執行を行い得ることになるから、債権者を介して債務者から公正証書の作成嘱託の委任を受けた司法書士は、債権者から提出された委任状その他の書類に基づいて検討し、法令違反の存在や法律行為の無効等の疑いが生じた場合はもちろん、当該委任事務処理及びそれ以前の事務処理の過程で知つた事情等から法令違反の存在等の疑いが生じた場合においても、債権者等に必要な説明を求めるなどして、違法な公正証書の作成嘱託をしないようにする義務があると解する。

3  本件における被告乙山の過失の有無について判断する。

(一)  信販業務を行う被告組合から依頼された公正証書の作成嘱託であることから原告春子ら本人に作成嘱託意思の有無を確認すべき義務があつたと解することはできないし、署名の代行の方法によつても委任状を作成できるものである以上、三名の署名が似ていたとの事実等のみから原告春子らの作成嘱託意思を確認すべき義務があつたと解することもできない。

(二)  双方代理の点についても、本件委任状の記載上は公正証書の内容となるべき事項についてすべて合意がされていたから、顧客が約定どおりの支払を怠つた場合に作成される公正証書であることを知つていた等の事実から、取引内容について意見の対立があつたか否かを原告らに確認すべき義務があつたと解することはできない。

(三)  しかしながら、被告乙山は、被告組合が割賦購入あつせんを業として行つていることを知つており、本件委任状にも「債権者の加盟店から買受けた衣類等の買掛代金」と記載されていたのであるから、その中に割賦販売法三〇条の三の年六パーセントの規制が働く取引が含まれているのではないかと疑い、この点を被告組合等に確認すべき義務を有していたところ、これを怠つた過失があるといわなければならない。確かに、割賦販売法は、利息制限法ほどには一般的に知られていないため、その強行法規としての適用が見落されがちであることは当裁判所としても十分認識しているところであるが、被告乙山が司法書士として公正証書の作成嘱託業務を処理する以上、割賦販売法三〇条の三の適用の点に思い至らなかつた点は、やはり過失があると考えざるを得ない。

(四)  さらに、被告乙山は、「買掛代金」の中に利息制限法に違反する貸金債権が含まれているのではないかと疑い、その点を被告組合らに確認すべき義務を負つていたところ、それを怠つたため、利息制限法に違反する内容の公正証書の作成嘱託をした過失があるといわなければならない。

確かに、被告乙山が被告組合から単発的に公正証書の作成嘱託を依頼されたのであれば、本件委任状の記載内容から貸金の点についてまで疑問を持つべきであるとすることは無理であろう。しかしながら、被告乙山は、以前の支払命令申立書の作成や委任状の定型用紙の内容の検討により、被告組合が貸金業務も行つており、その利息は利息制限法の制限を超えていること及び顧客の不履行を契機として公正証書が作成されることを知つていたが、被告組合に対し、貸金分は公正証書の作成嘱託上どのように扱つているのかを確認したことはなく、貸金分が適正に処理されていると信じるに足りる相当な根拠もなかつたものである。このように、被告乙山が被告組合の営業内容を知り、継続的にその債権管理業務の一環をなす公正証書の作成嘱託に関与しながら、公正証書の作成嘱託に当たり、貸金分がどのように処理されているのか何ら確認しなかつた点は過失ありと解さざるを得ない。

(五)  よつて、被告乙山は、右の過失によつて原告に生じた損害を賠償する義務がある。

六  丙川の過失の有無について

1  前記三1、五1に認定の事実に加え、次の事実が認められる。

(一)  被告乙山の事務員は、昭和六〇年一二月三日ころ、本件委任状と原告らの印鑑登録証明書を丙川の所属する北見公証役場に持参し、公正証書の作成を嘱託した。

(二)  丙川が受領した段階でも、本件委任状の書込み部分はすべて記入され、原告らの各住所、職業及び署名欄の記入及び捺印もすべてなされていたが、原告花子、同春子及び同戊田の住所、氏名欄の記載は、前記のとおり、同一人の筆跡によるものではないかと疑うに足りるものであつた。

(三)  丙川は、本件委任状及び印鑑登録証明書を審査し、問題がないものと判断し、本件公正証書を作成した。

(四)  丙川は、以前から、本件のような公正証書は、被告組合の顧客が月々の支払を遅滞した場合に作成嘱託されるものであることを知つていた。

(五)  丙川は、昭和六〇年ころ、被告乙山から、本件委任状の内容に近い素案を示され、被告組合が以後使用する定型の委任状として何か問題があるか否かの相談を受けた。

その際、丙川は、被告組合の入会案内書を検討し、委任状の定型用紙の素案の一部に修正を加えた。そして、自らは、それと同内容の公正証書の定型用紙を印刷し、以後被告組合を債権者とする公正証書の用紙として使用している。

(六)  被告組合の入会案内書には、日専連カード会員になると、分割支払によるショッピングができること、キャッシングサービスも受けられること及びキャッシングの実質年率は年四五パーセント程度であることが記載されていたのであり、この事実からすると、丙川は、被告組合が割賦購入あつせん業務に付随して貸金業務も行い、その実質利息が年四五パーセントにも及んでいたことを知つていたと認定せざるを得ない。

(七)  丙川は、昭和六〇年以後、右の定型委任状により被告組合から公正証書の作成嘱託を受けてきたが、被告乙山や被告組合担当者らに、貸金分を公正証書の作成嘱託上どのように扱つているのか確認したことはなかつたし、「買掛代金」との表示が貸金を含む趣旨に訂正された委任状により公正証書の作成を嘱託されたこともなかつた。

2  公証人は、債権者から提出された委任状その他の書類に基づいて審査し、法令違反の存在、法律行為の無効等の疑いが生じた場合はもちろん、当該公証事務処理及びそれ以前の事務処理の過程で知つた事情等から法令違反の存在等の疑いが生じた場合においても、債権者等に必要な説明を求めるなどして、違法な公正証書を作成しないようにする義務があると解する。

被告国の主張が、委任状その他の書類の審査に限られ、他の事情を一切考慮すべき義務がないことまで意味するのであれば、当裁判所は右主張と見解を異にする。公証人が法令違反等の存在を審査する際に基本となる資料が委任状その他の関係書類であることは、被告国の主張するとおりであるが、当該公証事務処理及びそれ以前の事務処理の過程で知つた事情等も審査の資料に加えるべきは当然であり、そのことを公証人に要求したとしても、公証人に過大な負担を課することにはならないと解する。

3  本件における丙川の過失の有無について判断する。

(一)  本件公正証書が準消費貸借契約を内容とするものであること等を理由として、被告組合等に原債務の内容を確認すべき義務があつたと解することはできないし、顧客の支払遅滞により公正証書が作成嘱託されることを知つていたこと及び原告らの住所及び氏名の筆跡が似ていたこと等のみから原告らに作成嘱託意思を確認すべき義務があつたと解することもできない。

(二)  双方代理の点についても前記五3(二)に述べたところと同様である。

(三)  しかしながら、丙川は、被告組合が割賦購入あつせんを業として行つていることを知つており、本件委任状にも「債権者の加盟店から買受けた衣類等の買掛代金」と記載されていたのであるから、その中に割賦販売法三〇条の三の年六パーセントの規制が働く取引が含まれているのではないかと疑い、この点を被告組合等に確認すべき義務を有していたところ、これを怠つた過失があるといわなければならない。

丙川は、本件公正証書の作成当時、準消費貸借契約が結ばれれば年六パーセントの規制は及ばなくなると考えた旨証言する。仮にこの証言を採用したとしても、丙川が本件公正証書を作成した当時かような考え方が相当の根拠をもつて主張されていたことを認めるに足りる証拠はないから、この点の誤信をもつて割賦販売法違反の点につき過失なしと解することはできない。

(四)  さらに、丙川は、「買掛代金」の中に利息制限法に違反する貸金債権が含まれているのではないかと疑い、その点を被告組合らに確認すべき義務を負つていたところ、それを怠つたため、利息制限法に違反する内容の本件公正証書を作成した過失があるといわなければならない。

確かに、丙川が被告組合から単発的に公正証書の作成を嘱託されたのであれば、本件委任状の記載内容から貸金の点についてまで疑問を持つべきであるとすることは無理であろう。しかしながら、丙川は、委任状及び公正証書の定型用紙の内容を検討した際、被告組合が貸金業務も行つており、その利息は利息制限法の制限を超えていること及び顧客の不履行を契機として公正証書が作成されることを知つていたが、被告組合に対し、貸金分は公正証書の作成嘱託上どのように扱つているのかを確認したことはなく、貸金分が適正に処理されていると信じるに足りる相当な根拠もなかつたものである。このように、丙川が委任状の定型用紙の作成の際被告組合の営業内容を知り、自らも被告組合用の公正証書の定型用紙を印刷しておきながら、公正証書の作成嘱託上貸金分がどのように処理されているのかについて何ら確認しなかつた点は過失ありと解さざるを得ない。

(五)  よつて、被告国は丙川の右過失行為により原告らに生じた損害を賠償する義務がある。

七  損害について

1  次の事実が認められる。

原告花子は、本件公正証書による保険金差押えを受けたため、本件公正証書の執行力の排除を求めて、原告春子及び同戊田とともに、請求異議の訴え(当庁北見支部昭和六三年(ワ)第四七号)を提起し、あわせて担保を提供して強制執行停止決定(同支部昭和六三年(モ)第九四号)を得ることを余儀なくされた。

原告らは、それらの手続を今瞭美弁護士らに委任し、着手金として二〇万円を支払うことを約束した。

右請求異議の訴えの貼用印紙代として一万四二〇〇円を要したが、各原告の負担分はその三分の一である四七三三円であると認められる。

また、予納郵券代として四三〇〇円を予納したことは容易に推認されるが、そのうち使用された額がいくらかであるかの点を認めるに足りる証拠はない。

その他の費用を認めるに足りる証拠はない。

2  まず、被告らに過失があつたと認められる点は、前記判示のとおり利息制限法違反及び割賦販売法違反の点であるから、被告らに請求できる損害も右の点の違法を排除するために要した費用と右の点の違法によつて生じた慰謝料に限られる。

そうすると、本件においては、原告花子につき、請求異議の訴え等のために要した弁護士費用等のうち五万円を被告らに請求できる損害と認めるのが相当である。しかし、前記認定のとおり、原告花子は本件公正証書の作成嘱託をしていたこと、利息制限法違反等の点を考慮しても被告組合の原告花子に対する債権は残つていたこと及び第三債務者が勤務先等とは異なる保険会社にすぎないことに照らすと、原告花子に慰謝料をもつて慰謝すべきほどの損害があつたと認めることはできないから、慰謝料の請求は理由がないといわなければならない。

3  原告春子及び同戊田についても、請求異議の訴え等のために要した弁護士費用等のうち各五万円を被告らに請求できる損害と認めるのが相当である。

しかし、原告春子及び同戊田は、本件公正証書に基づく差押えを受けたことはなかつたところ、執行力の排除に要した諸費用相当分に加え、慰謝料まで認めることを相当とする事情の立証はないから、慰謝料の請求は理由がないといわなければならない。

(被告組合、同乙山及び同国は各原告に対する五万円の支払につき不真正連帯の関係にあることになる。)

八  結論

よつて、各原告の請求は、被告ら各自に対し不法行為(被告国に対しては国家賠償法一条)による損害金各五万円及びこれらに対する不法行為の後である平成元年六月九日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を適用し、仮執行宣言については同法一九六条一項を適用し、仮執行免脱宣言は相当でないのでこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 市川正巳 裁判官 牧 真千子)

裁判官千葉和則は、転補のため、署名、押印することができない。

(裁判長裁判官 市川正巳)

《当事者》

原 告 甲野花子 <ほか三名>

右三名訴訟代理人弁護士 今 瞭美 今 重一 同 木村達也 宇都宮健児 同 清水 洋 長谷川正浩 同 神山啓史 小松陽一郎 同 山崎敏彦 田中義信 同 山下 誠 大橋昭夫 同 安保嘉博 石田正也 同 蔵元 淳 鈴木健治 同 藤本 明 伊藤誠一 同 石田明義 中村 宏 同 武井康年 坂本宏一 同 山田延廣 我妻正規

被 告 協同組合北見専門店会

右代表者代表理事 石崎亮二 <ほか一名>

被 告 乙山松夫

右両名訴訟代理人弁護士 荻原怜一

被 告 国

右代表者法務大臣 後藤田正晴

右指定代理人 館田孝廣 <ほか四名>

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